平成十五年不動産鑑定士試験第一次試験


国    語 (問題) {満 点   100点   時 間   2時間(15:00〜17:00)}


〔注意事項〕

  一 問題用紙及び解答用紙は、係官の指示があるまで開けてはいけません。

  二 これは問題用紙です。解答は解答用紙に書いてください。

  三 問題用紙は表紙を含めて七ページ、解答用紙は表紙を含めて三ページです。

  四 解答は、解答用紙の所定の欄に、黒又は青の、ボールペン又は万年筆で丁寧に書いてください。鉛筆等で書くと無効となり

   ます。

  五 答案作成のためのメモ等は、問題用紙又は解答用紙の裏面を使用してください。

  六 問題用紙は持ち帰っても構いません。



問題一 (七十五点) 次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

           
 「真白き富士の嶺 緑の江の島 仰ぎ見るも 今は涙 帰らぬ十二の 雄々しきみ霊に 捧げまつらん 胸と心」という唱歌
                                                  a__ b__
は、だれでも知っている。また、この歌が基づく「七里ヶ浜事件」については、だれでも健気で可憐な話を思い浮かべるだろう。
                                                                    かんや
それは、明治四十一年一月、七里ヶ浜で逗子開成中学の六人の学生が、ボートで遭難死した事件であるが、宮内寒弥の小説『七

里ヶ浜━━或る運命━━』を読むまで、私はこの事件が実際はどのようなものだったかを考えてみたこともなかった。

 この事件がおこったとき、舎監だった石塚教諭は責任をとって辞職する。この小説は、この後岡山へ流れて行き、そこで結婚
        c____
し養家の名にカイセイしたこの教師の息子━━今は年老いた無名作家である━━が、この事件を解明するというかたちをとって
                                                  ばんしょく
いる。それによれば、事実はたちの悪い六人の中学生が海鳥をうち殺してその肉で蛮食会を楽しむために、舎監の不在を利

用して無断で舟出して遭難したということらしい。不在だった舎監が一応責任を問われるのは当然である。しかし、今日でもよ
                                          d___
くありそうなこの事件が一夜にして神話化されるためには、それ以上のケイキがなければならない。たとえば、デモにおける学
                                                                   (1)____
生の死が一夜にして革命的な死として神話化される場合、別に不可解なところはない。が、この事件の神話化には、ある不透
____
明な転倒がひそんでいる。
                                        みすみすずこ
 具体的にいえば、この事件は、告別式において、鎌倉女学校教諭三角錫子が作詞し、新教聖歌「われらが家に帰るとき」の曲に合

わせて女学生たちによって歌われた、右の歌によってにわかに変形されべつのレベルに転移させられたのである。どこにでもい

る無鉄砲な中学生の愚行をみごとに美化してしまう、社会的な神話作用はどのようなものだったのか。さしあたっていえるの

は、この神話作用がキリスト教的な歌━━言葉と音楽━━によっていることだ。あるいは、この事件━━遭難死という「事実」を
                   @____
のぞいて━━を構成しているのは徹頭徹尾「文学」なのだといってよい。
                 A__                                        いんび
 むろん宮内寒弥は必ずしもそれを目ざしているわけではないが、彼の解釈はこの神話化にひそむ淫靡な倒錯をあばきだしてい
                                                               A____
                                                    (注1)               ぎまん
る。彼の解釈では、この事件は「真白き富士の嶺……」を作詞した女性教師三角錫子のピューリタニズムと自己欺瞞にもとづいて

いる。三十九歳の錫子は、結核の治療のため鎌倉に転地しそこで教師をしているのだが、「健康のために」結婚を希望する。この

「健康のため」という理由づけがどれほど自己欺瞞的かということに彼女はむろん気づいていない。縁談をとりまった生徒監が、

舎監の石塚を鎌倉にひきとめて相談しているいいだに、事件がおこった。十歳年少の石塚はこの縁談を承諾するが、事件後、彼

女は石塚を無視する。彼はたんに責任をとるためではなく、このことに耐えられなくて辞職し世間から身をかくす。右の歌がこの
                      e____                     (2)__________________
女性のピューリタニカルな性的抑圧のショサンであることは明瞭だが、彼女だけでなく石塚の側にも、一言でいえば「文学」が機
_____
能している。
(3)___________________________________________________
 その後カラフトで中学の教師をした彼は、息子に結婚するまで小説を読まないように厳命し、その禁を破って息子がひそかに
____________________                         f_
買った世界文学全集を庭で焼いてしまったりする。それに対する反発から、息子は文学を志し、無名作家として年老いて今日に
                                                  とくとみろか  ほととぎす(注2)
いたるのである。彼は、小説に対する父の異常な反応から、あの事件より前に父が徳冨蘆花の「不如帰」につよく感化されてお

り、逗子に住んだのも、十歳年長で肺病の女性教師との結婚を承諾したのも、そういうロマンティシズムのためではないかと推

察する。そして、「不如帰」を研究しているうちに、六人の中学生がのったボートがかつて原因不明で沈没した旗艦「松島」のもの

であることや、「不如帰」の浪子のモデルである大山巌陸軍元帥の長女の末弟が「松島」とともに死んだことなど、さまざまな因果

の網の目で結ばれている事実を見いだすのである。そして、無名の老作家畑中は最後につぎのような心境にいたる。



何れにしても、自分がこの世に生まれて来たり、心ならずも文学志望の一生を送ったりしなければならなかったのは、小説
      g__
「不如帰」にタンを発した因果関係によるものだった、と考えられる。畑中は、そう信ずるようになった。そして、そう信ずる
                B___
ことによって、自分が人生の落伍者であることが決定的となった頃から、亡父と七里ヶ浜遭難事件に対して、人知れず胸の底

で燃やし続けてきた怨みの火が━━急に消滅して行く思いをした。


            B__
この主人公にとってはそれですむのかもしれないし、また「七里ヶ浜事件」にそれ以上の問題があるわけではない。しかし、す

べてが小説「不如帰」に発しているということを信じるようになって、「怨みの火」が消えたというとき、私はある苛立ちを禁じえ

ない。この作家は、彼の文学が「文学」によってはじまっていることに救いを見いだしている。彼はこの事件を非神話化しなが
                                                                    h__
ら、その源泉にある「文学」の神話作用を対象化せず、はじまりから終わりまで「文学」の神話に包まれていることに安堵をおぼえ
                               C_______      i____
ているのだ。むろん彼だけでなく、ほとんどの作家はそのような自覚なしにこのエンカンに安住しているのである。はじめに

「文学」ありき、なのだ。はじまりとしての「文学」は派生的なものなのに、あたかもそれがはじまりであるかのようにみえるとこ

ろに、「文学」の神話がある。

 たしかに、この「七里ヶ浜事件」は、女性教師や女学生によって、またそれを好んで受け入れたこの時代の社会によって神話化

されている。しかしここで問題なのは当事者や社会ではなく、「不如帰」そのものである。たとえば、これは泉鏡花の『婦系
                                                                        、 、 、
図』と並んで、明治末期に最も多く読まれた作品の一つである。これが流行したのはたんに通俗的だからではなく、ある感染力
             j_____
をもった転倒がそこにギョウシュクされていたからである。           (柄谷行人『日本近代文学の起源』による)





(注1) ピューリタニズム━━純粋な聖書信仰に基づく社会の実現を目指す思想。また、その生活態度。
     ほととぎす
(注2) 「不如帰」━━小説。一八九八年〜九九年に発表。結核に冒された浪子を主人公とし、若夫婦の幸福な結婚生活が明

     治時代の家族制度の中で崩壊していく悲劇を描く。大山巌元帥の娘信子がモデルと言われている。



問一 傍線部a〜jについて、カタカナは漢字に直し、漢字についてはその読み方をひらがなで答えなさい。



問二 傍線部@〜Bの語の意味を答えなさい。



問三 傍線部A・B「それ」、C「そのような自覚」は、それぞれどのようなことを指してるのか。本文中の語を用いて答えなさ

   い。



問四 傍線部(1)「ある不透明な転倒」とはどのようなことか。七十字以内で説明しなさい。(句読点等も含む)



問五 傍線部(2)「石塚の側にも、一言でいえば「文学」が機能している」とあるが、それは具体的にはどのようなことを指している

   のか。四十字以内で説明しなさい。(句読点等も含む)



問六 傍線部(3)「その後〜焼いてしまったりする」とあるが、父親は小説(文学)に対して、なぜこのような態度を取ったと考えら

   れるか。四十字以内で説明しなさい。(句読点等も含む)



問七 この文章の筆者は、「文学」の作用をどのようなものとしてとらえているのか。そのことが最も的確に述べられた一文を抜

  き出し、その最初と最後の五字を答えなさい。(句読点等も含む)











問題二(二十五点)次の文章は高倉上皇が幼かった時のことについて書かれたものである。よく読んで、後の問に答えなさい。


      しようあん  ころ                                                                        こうえふ   a==
 去んぬる承安の頃ほひ、御在位の初めつ方、御年十歳ばかりにもならせたまひけん、あまりに紅葉を愛せさせたまひて、北
              つ       はじ かへで                        b==   もみぢ                ひめもそ                  だ
の陣に小山を築かせ、櫨、楓の色美しうもみぢたるを植ゑさせて、紅葉の山と名づけて、終日に叡覧あるになほ飽き足らせた
               A〜〜           こうえふ                らくえふ                  とのもり       みやづこ
まはず。しかるをある夜、野分はしたなう吹いて、紅葉みな吹き散らし、落葉すこぶる狼藉なり。殿守の伴の御奴朝清めすと
                                                         あした     ぬひどの
て、これをことごとく掃き捨ててんげり。残れる枝散れる木の葉を掻き集めて、風すさまじかりける朝なれば、縫殿の陣にて、
                            くらんど  ぎやうがう             ゆ                         @___
酒温めて食べける薪にこそしてんげれ。奉行の蔵人、行幸より先にと急ぎ行いてみるに跡形なし。「いかに」と問へば、「しかし
_                                しつ                   こうえふ
か」と言ふ。蔵人大きに驚き、「あなあさまし。君のさしも執しおぼしめされつる紅葉を、かやうにしけるあさましさよ。知ら
  ア〜                           イ〜〜  あづか                                                    い
ず、汝ら、只今禁獄流罪にも及び、わが身もいかなる逆鱗にか与らんずらん」と嘆くところに、主上いとどしく夜のおとどを出
                          もみぢ                              おん
でさせたまひもあへず、かしこへ行幸なつて紅葉を叡覧なるに、なかりければ、「いかに」と御尋ねあるに、蔵人奏すべき方はな
              B〜〜             ゑ                      にあたためて  を たく こうえふを            A__
し。ありのままに奏聞す。天気ことに御心よげにうち笑ませたまひて、「『林間  煖酒 焼紅葉』といふ詩の心をば、それ
_   た                                                           ぎよかん         B__________
らには誰が教へけるぞや。やさしうも仕りけるものかな」とて、かへつて御感に与えつし上は、あへて勅勘なかりけり。

                                                                   (『平家物語』)



(注) 承安 ━━ 一一七一〜七五年。
                       さくへいもん
    北の陣 ━━ 内裏の北正面の朔平門にあった警備の近衛の陣。
                   とのもりよう
    殿守の伴の御奴 ━━ 主殿寮の下役人。

    縫殿の陣 ━━ 北の陣。

    林間煖レ酒焼二紅葉一 ━━白楽天の詩句。









問一 二重傍線部 a ・ b の文法上の意味を次のア〜オの中から選び、記号で答えなさい。

  ア  使  役      イ  受  身      ウ  自  発      エ  尊  敬      オ  完  了




問二 波線部ア・イの読み方を現代仮名遣いで書きなさい。



問三 波線部A・Bの意味を書きなさい。



問四 文中からイ音便を含む文節を二つ書きなさい。



問五 文中から倒置法の使われた一文を見つけ、最初の五字(句読点等を含む)を書きなさい。



問六 傍線部@「しかしか」の指す内容をまとめなさい。



問七 傍線部A「それら」とはだれのことか。次のア〜オの中から選び、記号で答えなさい。

  ア  殿守の伴の御奴    イ  蔵  人       ウ  主  上       エ  白楽天       オ  作  者



問八 傍線部B「あへて勅勘なかりけり」とあるが、「勅勘」がなかったのはなぜか。その理由を説明しなさい。








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