2009/5/30 皐月三十日





7年ぶりだな、ここに来たのは・・・・・・。
まさか、こんな理由で再び訪れるとは思わなかったぜ。



爽やかな初夏の候、皆様いかがお過ごしでしょうか?
北の大地ではちょうどこのシーズン、各地の小学校で運動会が行われます。
私は今年もまた、写真撮影要員として駆り出される運びとなりました。
去年の今頃は、翌年もこの仕事やるなんて思いもしませんでしたけどね。


朝7時45分頃、家を出て現場へと向かう。
20分ほど車を走らせ、札幌市の郊外にある、小学校へと到着。

都合上小学校の名は伏せるが、今回の撮影を担当する小学校の名前を聞かされた時、ピンと来るものがあった。
もしかしたら、昔一度訪れたことがあるある小学校じゃないかな、と。

現地に着いてみると、その予感は的中した。明らかに見覚えがある場所だった。
そこは高校時代の友人の出身小学校で、私も一度彼の家に遊びに行った時に
その小学校のグラウンドを借りて、キャッチボールをした記憶がある。

勉強し、いっぱい遊び、紆余曲折あった高校時代、
ほんの少し前の事だと思っていたが、もう7年も前の事になるのか。
あの頃の自分は、7年後にこんな人生を送っているなんて夢にも思わなかった。
きっと、もし7年前の自分がもしここにいたら、きっと怒られるだろうな


と、そんな感傷に浸っている暇はない。
現地でプロカメラマンの方と速やかに合流し、撮影の準備を整える。


さて、一昨年、昨年は6年生の競技だけを撮影した私だが、今年は全学年全競技を撮影する。
つまり早い話が、休む暇なしで延々撮り続けなければならないということだ。
まあ、私にとっては何もする事がなく待機している時間があるより、
ずっと撮り続けている方が楽と言えば楽なんだがな。


小学校の運動会と言えば、当然父母の方々が応援にやってきている。
中には我々よりもいいカメラ機材を持ち込んでいる人もいるわけだが、
一方で彼らは、児童から離れた父母席からしか撮影することができず、
撮影のためにグラウンドに立ち入れるのは教職員の他は我々だけ。

つまり私は、子供たちの一番いい写真を撮れる立場にあるわけだ。

そういう環境だとやっぱり、私は俄然やる気が出る。
もちろん仕事として金を貰ってやっている以上、いい写真を撮らなければならないのは当然なのだが、
それ以上に、私の想いとしてあったのは、
「自分がいまこうして最大限いい写真を提供しようとする事は、
 将来自分が小学生の子供を持つ親になり、自分の子供が運動会に出た時に
 いい写真を撮ってもらえる事に繋がるんじゃないか」
と言う事。もちろん両者の間には直接的な関連性はないが、
もし私が、運動会に出ている子供の親なら、カメラマンに少しでも手抜きされるのは嫌に思うに違いない。
そうやって別の視点から自分の立ち位置を客観的に見れば、自然と全力を出そうと心掛けるのだ。


とはいえ、仕事であるからの制約というものもある。
例えば今回は5DMarkUは封印しているし、レンズも高倍率ズーム1本、画質もわざと落としている。
大量に撮り、それを処理しないとならない以上、一枚一枚に手をかけていられないのだ。
これがもしプライベートなら、私がわざわざ低画質で撮影するなんてあり得ない。


徒競争、運命走、お遊戯、玉入れ、綱引き、大玉転がし、騎馬戦・・・・・・様々な競技を撮影する。
競技によって撮りやすいもの、そうでないもの、色々とある。

いつもの私の撮影においては、雰囲気を撮る事が多いが
今回は子供がメインなので、表情を捉えないとならない。
そうなると、みんなが中心方向を向いている玉入れなどはなかなか撮りにくい。

騎馬戦は別に撮りにくいという事はないが、大将戦で勢い余った児童が
頭から転落し負傷、先生方に運ばれていったのが心配だった。
こういうときカメラマンは、どうすればいいのだろう。


でも一番切なかったのは、6年生の借り物競走の撮影。
6年生の男の子と女の子がペアを組み、引いた札に書かれたものを観客から借り、手をつないでゴールする。
いい表情が撮れる競技ではあるのだが、だからこそ切ないのだ。

借り物を調達し、ゴールに向かって満面の笑みで手をつないで走る男の子と女の子。
そんな光景が今の私には眩しすぎる。
いつだろう、最後に女の子と手をつないだのは・・・・・・。

尤もこの事で単純に、小学生を羨むのは変な話だよな。
私だって小学生の時は、女の子と一緒に雪まつりに行ったりしているわけだからな・・・・・・。
でも、やっぱり彼らの姿を見ていると、女の子と手さえつなぐことができない今の自分が遣る瀬無くなってしまう。


そんなこんなで少し寂しそうな眼をして写真を撮っている私だが、たまに声をかけてくれる児童がいる。
「カメラマンさんお仕事大変だね〜、僕たちより走り回って疲れたでしょ〜」
「お気遣いありがとう、でも大丈夫です。これくらい、いつもの事ですから」

こうして労ってもらえると、それだけでも仕事に対する意気込みが断然違う。
ちなみに大学の卒業アルバムの撮影を行っていても、
社交辞令として「お疲れ様です」と言う人はいっぱいいても、なかなかこういった声をかけてくれる人はいない。


そういう意味では結果として小学生の方が、円滑なコミュニケーションをとる術を身につけているのかもしれないね。
もちろん、小学生が意図してそれをやっているわけではないだろうけどさ。



少しだけ、子供相手の仕事をしてみたくなった。
彼ら相手のお仕事なら、偏屈な私でも素直になれそうだから。