2007/2/22 如月二十二日





先日大阪の吹田で、スキーバスがコンクリート柱に接触し、死傷者を出すと言う事故がおきた。

ニュースなどでは、過労運転が原因だ、とか、規制緩和がこういうことがおきる温床を作ったとか
いろいろ言われているが、私は一般人よりヘビーなバスユーザーとして
乗客側の立場から少しこの事故について、紐解いてみようと思う。


まず、みなさんは「ツアーバス」と言ってわかるだろうか?
旅慣れていない人や、北海道に住んでいる人はあまり存在を知らないだろう。

「ツアーバス」とは、特定の都市間を定期もしくは不定期に運行するが
普通の都市間高速バスとしてではなく、貸切バスの形態をとっているものである。

一般の都市間高速バスが「都市Aから都市Bまでの旅客運送事業」を行っていると考えるなら
ツアーバスは、「都市Aから都市Bまで行くバスツアー」だと考える事ができる。
(運送契約ではなく、旅行契約だと言う事である)
バスツアーと言っても、観光や宿泊などはついておらず、
本当にバスによる輸送のみのツアーである。

私が名古屋から新宿までツアーバスを利用した際は、
当日突然、東名高速道路経由(静岡回り)から中央自動車道経由(長野・甲府回り)へと
切り替えられたことがあった。(両ルートでは殆ど所要時間は変わらない)
一般の都市間高速バスは、走行するルートが決められているためそういったことはありえないが
ツアーバスにおいては、ルート関係なく目的地まで着けばいいのでこのような事が起こり得るのだ。


ツアーバスの売りは、たいていその安さにある。
例えば東京〜名古屋が2900円(通常の都市間高速バスだと5100円)、
東京〜仙台が2900円(同6210円)などであり、破格である。
ちなみに一般の都市間高速バスとツアーバスの所要時間は殆ど同じだ。
(最も、青春18きっぷの方が安いと言えば安いのだがね)


さて、では何故ツアーバスは安い価格で運行できるのか考えてみよう。

一番最初に推測できるのは、運行に関する経費が安い、と言う事だろう。
確かにツアーバスは、インターネットや電話での受付が主で、
ターミナルや窓口などを持たず、その点では経費上有利である。

しかしこれだけで、約二倍もの差が出るはずはない。何か他にも理由があるはずだ。

ではバスの運行それ自体はどうだろう?
まず、同じようなバスを使っているのだから、燃料代は変わるわけが無い。
高速料金は、むしろツアーバスの方が高くなる。
(都市間高速バスは【大型】の料金で利用できるが、たとえ車体でも貸切扱いだと【特大】料金になる)

こうなるともう、出てくるのは一つしかないだろう。そう、人件費だ。

例えばこうだ。
都市間高速バスでは通常二人常務している区間を、ツアーバスでは一人しか乗せない。
もしくは都市間高速バスでは途中交代する区間を、一人で通し運転させる。
都市間高速バスでは乗務員の休憩・休暇をとる時間を確保するため予備人員を用意しておくが
ツアーバスでは予備人員を確保せずいざとなれば乗務員をこき使って対処する。
さらには賃金そのものが安い、残業手当を支給せずに残業させる、などなど。

確かにこうやって経費を削減すれば、運賃を安くする事は可能だろう。
でも、こんな事をやったらどうなるのか?
もちろん言うまでは無いだろう。



さて、バス事業者にこういった過酷な労働環境を改めろ、と言うのは簡単だ。
しかし何故、バス事業者がこうまでして格安のバスを運行しようとするかと言えば
乗客がそれを望むからである。

もちろん乗客が、危険な運行体制のバスを望むわけは無い。
私が言っているのは、安さの歯止めなき追求の事を言っている。

乗客が安さを望めば、バス事業者もそれに応えようと経営努力をする。そこまではいい。
しかし経営努力にも限界が来るわけだ。それでも乗客は、それ以上に安さを求めるわけだ。
そうすれば、その安さを実現するためには、人件費に手をつけるしかなくなってしまう。

以前はそこに規制があったからまだ良かった。
普通のバス事業者の運賃は認可制であり、新規参入にも一定の条件を満たしている必要があったが
ここ最近の規制緩和の流れにより、いままでの運賃の下限はいともたやすく突破されてしまった。
限られたパイを取り合う業者の数が増えたのだから、当然の事だ。

さて、この事が乗客にとって良かったといえるだろうか?
確かに見かけ上は、安く移動できていいかもしれない。
でもその裏で、安全が犠牲になっている事は一般人には見えなかった。
もしくはそういった内部事情の事など考えもせず、安全なのは当たり前だと盲信していたのかもしれない。
そうなると我々乗客も、そういった点については猛省しなければならない。

日本人は、水と安全は無料だと思っているとよく言われる。
もちろんそんな事は無いのだが、これについて即急な意識改革を求めるのは無理だろう。
(私としては、もっとリスクについて敏感になってほしいと常々思っているが)
となれば制度の方で、安全を織り込んでしまうしかない。
そしてその安全を担保するためには規制が必要なのだ。

例えば、道路交通法という規制が無ければどうなるか?
スピード違反、駐車違反、信号無視などが横行し、間違いなく交通事故は爆発的に増加するだろう。
これはまあ極端だが、規制が安全を確保している事が良くわかると思う。

私は規制緩和そのものについて反対するわけではないが、
一部の事柄についてはやはり暴挙だと言わざるを得ない。
資本主義経済が暴走すると、安全を犠牲にする代わりに他の何かをという事が成り立ってしまう。
安全を担保するには性善説だけでは足りず、やはり『規制』が必要なのだ。



さて、乗客側からすればそういった事情のあるツアーバスだが、他のバス会社からすればどうだろう?
私は以前、複数のバス会社の中の人と話す機会があったが、
実はこのツアーバスというのは、バス会社の人にとってはあまり気分のいいものではないらしい。
契約形態が違うとはいえ、自社の高速バスと競合する区間にバスを走らせ
乗客を根こそぎ奪っていくツアーバス、当然当該競合区間で高速バスに乗る客は減少する。

さらに今回のような事故が起こったからといって、
きちんとした運行管理を行っている会社に日があたるわけではない。
それが当たり前と言えば当たり前なのだが、
じゃあ普段から当たり前じゃない事をやっているあいつらはどうなのよ、と言う事だ。


ちなみにその人が勤務する関東のバス会社では、中古のバスを
正規の旅客運送事業を行っていない事業者に売るのを禁止したらしい。
たとえまだ使えるバスがあっても処分するのだとか。

つまりこういうことだ。

ツアーバス事業を運行するためには、高速道路に対応したバスの車体が必要だが
ツアーバス事業者は大抵、高い新車ではなく安い中古車を買う。
そのバスの供給を絶ってしまえば、ツアーバスは成り立たなくなる。

バス会社からすれば、中古で売れる使わなくなった高速バスを潰すのは
確かに一時的には損に見えるが、売ったバスがツアーバスとして使われ
自社の高速バスに刃を向けられるよりは、損失が少ないとのこと。

もっともバス会社はいっぱいあるので、一部の事業者がそのような対策をとった程度ではあまり効果が無いとか。



消費者はもう少し賢くならなければ、と思う。
ただ値段だけを比較して、安いと飛びつくのではなく
何故安いのか、どうしてその価格を実現できるのかを考えないと。

私はツアーバスを否定しているわけではない。
通常の企業努力の範囲において安価でサービスを提供できるなら、それに越したことは無いからだ。

ただ、10万円のパソコンと、30万円のパソコンがあれば、殆どの人がその性能に着目するのと同様に
安いバスと高いバスがあれば、何故その価格差が生じるのか考えてほしい。

もし人々にそれができないなら、安全という天秤にかけてはいけない物を犠牲にする事を厭わないなら
以前のような規制行政に戻すべきだ。
一時的に文句は出るだろうが、そのほうが結果として平和である。


今回はバス事業そのものだけにスポットを当てたが、この問題は、本来道路行政とも密接に関わってくる。
バスが道路の上を走る以上、不可避な問題なのだが、今日のところはこの辺で。