2007/12/13 師走十三日





今日の日記は大学レベルの化学ネタが登場するので、興味の無い人は読まない方が無難だと思います。



先月受けた臭気判定士試験だが、自己採点の結果だとおそらく合格している。
試験結果が出るのはまだ少し先だが、試験合格だけでは臭気判定士免状は交付されず
正常な嗅覚を持っていることを証明し、免状申請の際に添えなければならない。


“正常な嗅覚を持っている事を証明”するための嗅覚検査は、
臭気判定士試験実施団体の認定した施設で行っているのだが、
札幌では北海道環境科学技術センターが唯一の嗅覚検査実施団体なのだ。

この検査は毎日やっているわけではなく、12月の検査日は本日13日のみ。
よって私は時間の都合をつけて、検査をしてもらう事にした。


1週間ほど前に電話で予約はしたものの、書類などを受け取ったのは当日。

事前に用意する必要があるものは
・写真一葉 縦60mm×横40mm
・年齢を証する書類の写し(運転免許証のコピーなど)
・検査代金を振り込んだ事を証する書類
の3点。但しここ北海道環境科学技術センターは郵便局がすぐ近くにあるため、
センターにて振込用紙を受け取った後に郵便局で払い込みをして、再びセンターに持っていけば良かった。

あと、Webページには書いていなかったような気がするが、印鑑が必要だ。
私は印鑑を持っていかなかったため、後日印鑑を持って再びここを訪れる事になってしまった。


センターに入ると、様々な実験装置がおいてある。ああ、やっぱりいいねこの雰囲気。
そして白衣を着た女性が、試験管がビッシリ入った試験管立てを持って歩いている。
女性研究員って、なんだか良くわからんがグッとくるものがありますね。


もし私が当初の志望通りに薬学部に入っていたら、
薬学部はだいたい男女比1:1だから、そういう女の子と必然的に同じ授業を受ける事になり、
もちろん一緒に実習もすることになるだろうから、
何だかんだで一緒にいることが多くなり、そしていつか恋が芽生え・・・・・・なんて未来もあったかもしれない。

ええ完全に妄想です。全ての前提条件を無視した非常に都合のいい妄想です。本当にありがとうございました。


でも実験施設が無いからって自宅でドラフトも換気装置もなしに実験やって
挙句の果てに加熱して蒸発した硫酸の蒸気をもろに吸い込んで、
肺が苦しく苦しくてしょうがないけど、そんなことで救急車を呼んだら
何で自宅で硫酸使って化学実験しているのか聞かれることになって困るから、
自分で高濃度オキシドールから酸素をバカスカ発生させて、
セルフ酸素吸入して何とか治療したというのに比べれば、上の妄想の方がずっと健全だと思うんだ。
いろいろな意味でね。


話が脱線した。元に戻そう。


ともかくここ北海道環境科学技術センターにて嗅覚検査を行うわけだ。
(ちなみに北海道で嗅覚検査を受ける人はあまりいないようだ。臭気判定士の資格保持者も少ない)


嗅覚検査用キット。頼んで撮らせてもらった。
色とりどりの瓶には、左から順に基準臭A〜Eが入っている。
その横にある大きな瓶には、無臭水(何の臭いもしない水)が入っている。
5本の立てられた紙の先端に基準臭もしくは無臭水をつける。

検査員はついたての向こうで、こちらに見えないように作業し、
どの紙に臭いがついているかわからないようにするわけだ。

さて、基準臭A,B,C,D,Eの中身だが
それぞれβ−フェニルエチルアルコール、メチルシクロペンテノロン、イソ吉草酸、γ−ウンデカラクトン、
そしてスカトールである。これらの物質について少し解説しようか。





まず、β−フェニルエチルアルコールだが、
読者の中には化学についてそんなに詳しくない人も多いと思うので、
今日は基礎から説明させていただきましょう。


まず物質名の最初にある『β』、これは官能基同士の位置関係を示す記号です。
この物質で官能基と言うと、ヒドロキシル基[−OH]とフェニル基[−C6H5]のことですね。

ここで、官能基であるヒドロキシル基がついている炭素の事をα(アルファ)炭素といい、
α炭素の隣の炭素をβ(ベータ)炭素、α炭素の隣の隣の炭素、
つまりβ炭素の隣の炭素の事をγ(ガンマ)炭素といいます。
γ炭素の隣はδ(デルタ)炭素、δ炭素の隣はε(イプシロン)炭素、
以下、同じようにギリシャ文字の順番通りに続いていきます。

そしてこの物質の場合、ヒドロキシル基のβ炭素に対してフェニル基がついていますね。
ですから“β”−フェニルメチルアルコールとなるわけです。


続いて『フェニル』、これはフェニル基が結合した物質であることを意味します。
フェニル基についてはβの説明にも出てきてしまいましたが、[−C6H5]の官能基です。
まあ、ベンゼンの水素を1つ取って、そこの部分で他の分子と結合できる形とでもいいましょうか。
もっとも、官能基としてみると『フェニル基』ですが、見方を変えればベンゼンに何かがくっ付いた物質ですね。


『エチル』、これは炭素数が2つという意味です。
炭素数が1つなら『メチル』、3つなら『プロピル』になります。
気をつけないとならないのは、物質内全体の炭素数をあらわしているわけでは無いということですね。
この物質においても、フェニル基内の炭素を含めれば8つあることになりますが、
あくまでフェニル基を構成している炭素は無関係です。


『アルコール』、これはヒドロキシル基[−OH]を持つ物質の総称ですね。
化学においては所謂『エチルアルコール』だけがアルコールではないのです。
だからエチレングリコールやグリセリンなどもアルコールなのですが、
化学屋以外の前でそんなことを言うと、あんたばかぁ?となるので気をつけましょう。
(逆に化学屋にとってはそんなことは常識なので、わざわざ言うとやはり、あんたばかぁ?となります)
ただしベンゼン環に直接くっ付いているヒドロキシル基は、『フェノール』といってアルコールとは別物です。

って、物質の名称の細かい意味について書く必要はないね。
読み飛ばしてくれて結構ですよ。

こんな物質名についての解説などどうでも良く、
一番大切なのは、薔薇の香りの成分であると言う事だ。
ローズアブソリュードなどのアロマテラピーにも含まれている。





次にBのメチルシクロペンテノロン、これは別名シクロテンとも言われるケトンの一種だ。
(もう疲れたからケトンがどういう物質の総称だとかは書かないよ)
一般にカラメル様の香気成分などと表現される。
カラメルシロップやメイプルシロップの香り成分ですな。
殺菌作用や防腐作用があります。





Cのイソ吉草酸、これは蟻酸や酢酸のようなカルボン酸の仲間だ。
吉草酸はペンタン酸とも呼ばれ、ペンタンにカルボキシル基がついた構造だ。
『イソ』がついているので直鎖の物質ではない。
その臭いは汗の臭い、蒸れた靴下の臭い、足の裏の臭いなどと表現されるように、とても不快な臭いだ。
ただし閾値が非常に低いため、低濃度でも臭いを感じる物質なので
悪臭対策の観点からすると非常に厄介な物質である。





Dのγ−ウンデカラクトン、名称は単純で“ウンデカ”(炭素数が11の)ラクトンである。
ラクトンと言うのは分子の環状構造内にエステル結合(−COO−)を持つ物質の総称だ。
頭に“γ”がついているが、ここのγは先ほどのβ−フェニルエチルアルコールのギリシャ文字とは意味合いが異なる。
ラクトン構造を持っている物資の場合、ギリシャ文字はそのラクトン環を構成する原子数を表すのだ。
3つの原子で環状構造を作っていればα、4つの原子ならβ、5つならγ、6つならδといった具合だ。
この物質では炭素が4つと酸素が1つの5原子で輪を作っているのでγ−ラクトンとなる。
またこの物質はアルデヒド構造を持たないにも関わらず、ピーチアルデヒドと言う別名を持っている。
ピーチアルデヒドの名が示すとおり、この物質は桃の香りの主要成分だ。
熟れた果実の臭いなどとも表現される。香水などにも使われています。





最後にEのスカトールだが、スカトールと言うのは慣用名であり
IUPAC命名法によれば3−メチルインドールになる。
インドールはベンゼン環とピロール環が合体した構造を持っており、それ自体も特徴的な臭い物質である。
(スカトールからメチル基をとったのがインドール)
この物質の臭いは、糞の臭い、糞便の臭いと表現される。
しかし薄い濃度においては、花の香りがする(ジャスミンの香り)という物質であり、
低濃度ならいい匂いだが高濃度になると不快臭となる物質の代表選手だ。(インドールもそういう性質を持つ)
体内でトリプトファンというアミノ酸が分解されてこの物資が生成される。
余談だが、“スカトール”の語源と“スカトロ”の語源は一緒だ。




はいはい化学に興味がない人にはご迷惑をおかけいたしました。
もうここから先には化学ネタは出てきませんので安心してくださいね。(何



そして私と検査員が対面して椅子に腰掛け、検査が始まった。

試験は『5−2法』という方法で行われる。

検査員は私にわからないように、5本のうち2本だけに臭い物質を着け、残りの3本には無臭水をつける。
私は5本の試験紙の中から臭いのついていると思う2本を選んで、解答用紙に記入する。
AからEまでの5つの臭いでそれぞれ行い、全て正解なら検査合格だ。


最初に薔薇の香りであるAの臭いでスタート。
試験紙を一枚一枚手にとって、臭いを嗅いでいく。
正常な嗅覚を持っている人ならば、臭い付きの試験紙は直ぐに識別できるようになっている。
ただ、鼻が詰まっていたりすると少し難易度が上がる。

AとBは簡単に識別できたが、Cが少してこずった。
最初は臭いを感じたのだが、間違いないかを確認するためにもう一度嗅いでみたときに
どうも臭いを感じないような気がする。
うーん、あっという間に順応してしまったのだろうか?
まあ、最初の感覚を信じて解答する。

臭いというのは、ある程度感覚的な部分があるので、
何度も同じ作業を繰り返していると、本当に自分の感覚が正しいのか疑心暗鬼になってくる。
だから、何度も嗅いでいると不安になってくるので、
最初の1回嗅ぐだけで速やかに回答する方がいいかもしれない。

DとEはやはり簡単にできた。
うーむ、イソ吉草酸だけは私の検知閾値が高いのかなぁ・・・・・・。



検査の結果はすぐその場でわかる。

「えーとAAAさん、全て正解なので合格です。あとで本部の方から検査合格の通知が届きますので」

ということで約30分で検査は終了した。


これで私は、正常な嗅覚を持っている事が科学的に証明されたことになる。
あとは臭気判定士試験の合格発表を待つだけだな。


それと、ここでは出てこなかったが、嗅覚検査を受ける人は
直近の食事で臭いの強い物を食べたり、香水をつけてきたりするのは避けてね、とのことです。
もし受けることがあればその点ご注意を。


検査終了後、桑園を経由して手稲に行ってみた。
そういえば手稲の件も全然話が進んでいないな。何とかしないと。