2006/7/23 文月二十三日



本日、一級建築士試験が行われる。ついでに木造建築士試験も行われる。
一級建築士といえば、姉歯マンションでにわかに有名になった資格だ。

私は本日朝早くから、一級建築士試験の試験会場である北海道大学に向かっていた。


予備校の人達。こちらも朝早くから忙しいなあ。


資格試験制度に詳しい人ならご存知だろうが、一級建築士においては受験資格に厳しい制限がある。

・4年制大学で建築又は土木の課程を修了し2年以上の建築に関する実務経験があるもの 
・3年制短期大学(夜間部を除く)で建築又は土木の課程を修了し3年以上の建築に関する実務経験があるもの
・2年制短期大学で建築又は土木の課程を修了し4年以上の建築に関する実務経験があるもの
・高等専門学校(旧制専門学校を含む)で建築又は土木の課程を修了し4年以上の建築に関する実務経験があるもの 
・二級建築士であり4年以上の建築に関する実務経験があるもの 
・その他国土交通大臣が特に認めるもの 

上記のうちいずれか一つを満たせばいいのだが、当然だが私がこれに該当するはずはない。
国土交通大臣に、なぜか認めてもらったわけも無い。


では、どうして私がこんなところに来ているか。
もちろん、いくら死格マニアとは言え、自分が受験もしない試験会場を見に来るなんていうことはない。
答えは簡単、私は今日、一級建築士試験の試験監督補助員として働くからである。

実は私、アルバイトと言うものはこれが始めてである。副業ならいろいろ手をつけているがね。

なぜいままでアルバイトをしなかったのかと言えば、給料が安いことや、人間関係が面倒くさいと言うこともあるが、
一番嫌だったのが日程が束縛され自由に動けなくなること、これが主要因だ。
週に何回、などとシフトを入れてしまえば、その日程に従わざるを得ず
私がたまに行うような1週間を超えるような旅行をすることなど、不可能になってしまうだろう。

副業だと利益はあまり出ないし、むしろ経費を引いて自給換算すると、アルバイトと同等かそれ以下かもしれないが、
作業は自分がやりたいときにやればよく、収入0でいいのならしばらく休んでも問題ない。
また収入が欲しくなればまた復帰すればいい。
アルバイトだとおそらく一旦退職と言う形になるので
すぐに復帰というわけにはいかないだろう。


今回なぜアルバイトする気になったかと言うと、資格試験に関わる仕事だったこと、
さらには1日限りのお仕事で、私の行動パターンを阻害するようなものではなかったからである。
賃金は労働時間で割ると、ほとんど最低時給並だがそんなことはどうでもいい。

と、自分で文章を書いていて思ったが、給料が安いとか人間関係がめんどくさいというのは
それらしい理由をもってきただけで、私の嫌悪理由では無いことがわかった。
やっぱり私がアルバイトを嫌な理由は、「自分が自分の時間を自由にできなくなる」これだけだ。

しかし、私と同じような考え方を持つya5u5hi氏なども
定期的なアルバイトはしていないが、突発的な仕事をそれなりに行っているみたいで
私の情報収集能力が低いだけで、実際は「継続性」を求められないお仕事も、探せば結構あるのかもしれない。


さて話がそれた。


もちろん補助員とはいえ準インサイダーであり守秘義務があるので、
ここに記載する内容も、それに抵触しないように留める。


午前8時の集合時刻に試験本部へ。そこで指示書を受け取る。
まずは、受験者が入室してくる9時までに会場の設営を行う。
私はあくまで補助員なので、試験監督とセットで行動だ。

試験室番号、受験上の注意等の掲示、普段資格試験を受験者として受ける分には
特に気にする要素ではないが、その裏には必ず誰かの手があることを身を持って知る。

次に机の整列、受験者が狭くて困るような事が無いように、一つ一つ確認して並べていく。
さらには1つ1つに受験番号シールを貼っていく。
設営側から見れば、数十個ある机の一つだとしても、
受験者からすれば、その1つが本日の決戦の場となる。それを肝に銘じ、慎重に行う。

9時少し前には試験室の設営が終わり、9時を持って受験者が入場してくる。
この間試験監督員は、問題用紙と解答用紙を取りに本部へと向かう。
私はこの間、試験室に来た人への案内を行う。


座席がわからないので教えてくれ、トイレはどこですかと言った一般案内の他に
机がガタガタするので替えさせて欲しい、などとマニュアルにない要望にも
私の判断で対応しなければならない。
普段の“受験者である私”の視点から考えれば、何をすべきか想像するのはそんなに難しくはない。


試験監督員が部屋に入ってくると、試験場の空気は変わる。
試験問題及び解答用紙を配り終えてから、注意事項等の説明をするのは監督員の役目。
私は、遅れて部屋に入ってきた人に、問題用紙と回答用紙を持って行き掻い摘んで説明する役目。
“遅刻は戦略”と言い切る、私のいつものポジションがちょうど裏返しになっている。
数人なら退屈しのぎになって良いが、これが何十人にもなると大変だな。


試験開始。受験者にとっては戦いの始まりだが、
こちら側も写真票との照合、机の上の受験カードの半券回収、そして六法の点検と仕事がいっぱいある。

六法の点検と言うのは、この試験では関連する六法の持込が可能であるが、
指定以外の六法の持込や、書き込みのある六法は持ち込めない。
指定以外の六法を持ち込んでいないか?六法に不必要な書き込みはないか?をチェックする。
付箋をつける、ラインマーカーを塗る、矢印や丸を書き込む、これらは問題ない。
ちなみにこちらは、試験監督員の仕事である。
補助員には多数ある持込可能六法を全て把握するのは困難だからだろう。
(一人で複数冊の六法を持ち込む事は可能だ)

たいていの人は、適当にパラパラっと六法を閲覧して終わりだが、
何人かが、書き込みがある六法を持ち込んでいて検査に引っかかっていた。
中に書き込みがあるからと言って、すぐその場で失格になることは無いようだが、
再検査するので書き込みを全て消すように、との指示が出る。
その指示が出た人はがんばって消していたが、その後の再検査でも引っかかり
まだ書き込みが残っている事を指摘され、更に消去作業。大幅に試験時間を削られた事だろう。

今回は退場は無かったが、あまりに酷いと退場や、六法の没収などもありえるのかね・・・・・・私は知らない。
そして消えないボールペンで書いていたらどうなるのか・・・・・・これも私は知らない。

ともかく、余計な時間をとられないためにも、六法に余計な書き込みがないか
試験前にきちんと確認した方がよさそうである。受験者諸君、気をつけて欲しい。

ちなみに私はその間、写真票をチェックしていた。
こちらも大半の人が、普通の写真を貼っているのだが、中にはちょっと変わった写真も。

・スナップ写真から切り抜いていて、前の人の頭が写ってる
・モノクロ写真、それ自体は珍しくないが印画紙が半光沢、おそらく手焼き
・写真貼り付けではなく紙に直接インクジェットプリンタで印刷、よく器用にやったな

スナップ写真から切り抜くな、ってたいていの試験の受験要項には書いてあるんだがな。
いいのかな?この試験では。
まあ、ここにこうしてあると言うことは、試験機関がこの写真を受理したと言うことだから
ただ黙々と確認作業をこなすだけだ。

しかしいつもの私とは逆の立場、これほど面白いとは思わなかった。

働いている我々の中では、試験監督員と試験監督補助員では権限もぜんぜん違うわけだが、
受験者からすればどちらも『係員』、
受験者に呼ばれれば、たいていの事は私自身で判断して対応する事になる。
「もう少ししたらトイレに行きたいのですが、解答を提出しないとダメですか?」
という問い合わせに対しては、
「いえ、トイレに行っても解答の作成は続ける事が出来ます。
 廊下の係員が案内しますのでそれに従ってください」
と答えてみたが、私自身、試験中腹痛で辛い経験をした事は何度もあり、そういう人の気持ちはよくわかるので
できるだけ速やかに対応できるようにするわけだ。

試験監督は暇だと言うが、きちんと業務をこなそうとすると
集中力を切らす暇も無く、そんなに退屈しない。

私はいつもは資格試験を受ける立場の人間だが、
たとえばトイレに行きたいときに試験監督員がいつになっても気づいてくれないと非常に困る。
某試験では、試験中に北海道ウォーカーをずっと読んでいた試験監督もいたが、アレはアレで困る。
仕事でやっているのだから、受験者の為に成す事に手抜かりがあってはいかんのだ。


午前の試験が終わる前に、監督官の方に先んじて食事を済ませる。
弁当付きでお茶とお菓子もあり、なかなか待遇のいいお仕事だ。
30分の間に素早く食事を済ませ、監督官の方と交代する。

私の部屋の監督官は、私に一連の仕事全てを任せつつ食事に向かったが
本当は、必ず補助員一人にせずに交代要員を用意する必要があるらしい。
巡回中のほかの監督官に注意されてしまった。
改めてマニュアルをよく読むと、私のところの監督官、私を信頼して仕事を少し任せすぎているようだ。

午前の試験は、試験途中で退出する人も殆どなく、無事終了した。
受験者の表情を眺めるに、できた人、できなかった人、なんとなくわかる。


受験者が昼食をとる中、我々は午後の試験問題を調達しに、本部へと向かった。
試験監督及び試験監督補助員は、試験問題を受験者に配られる前に閲覧できる立場にある。
国家試験において、たまに2ちゃんねるなどで問題が事前に流出してしまう事があるが
おそらくインサイダーの中で軽率な誰かさんが、やってしまうんだろうな。
私は秘匿性が必要な業務である事がわかっていたので、
今日は最初から通信機器の類は持ってこなかった。


そして午後の試験問題を準備し終え、試験時間の15分前くらいに試験室へ。
試験室の空気が変わる中、試験問題と解答用紙を配る。

少しだけ受験者が減った午後の試験、(午前が出来なかったから逃げたのだろう)
六法もないし、受験カード半券切り取りもないので、作業量は大分減るはずなのだが
なぜか私の部屋では妙なトラブルがあった。

試験時間も中ごろ、
「解答用紙が汚れているので取り替えてください」
という受験者の申告があった。
受験していない人の分の解答用紙を回せばいいじゃないか、と思うかもしれないがそうは行かない。

受験していない人の分の解答用紙は、未提出になるのではなく
マークシートの隠れ要素である『未受験』欄にマークし、
受験番号と氏名を記載した上で、受験者とは別に束ねておくのだ。
(この作業は私がやった、あまりに会場に来ない人がいると結構大変)

つまり、受験していない人の分もマークシートが必要であり、
各試験室に解答用紙のストックは無かったのだ。

試験監督員は原則試験室を離れられないため、私が試験本部と試験室を走る。
解答用紙は再配布できない、という事だが、事情説明のために何度か往復すると無事、解答用紙が再配布された。
受験者の方は、配られると同時に解答用紙をチェックした方がいいね。
後から不具合が見つかると、色々ゴタゴタするから。

他にも巡回中に、使用禁止の道具を使っている受験者を見つけ
その旨を試験監督員に連絡→試験監督員から受験者に警告、といったことも。
私は直接受験者に注意することは出来ないのさ。

この科目では途中退出者も多かったが、問題用紙をもらうために最後まで残る人も多かった。
試験時間が終了し、受験者にとっては本日の全日程が終了。
様々な思いを抱きつつ、ある人は飛び去るように、ある人はゆっくりと帰っていった。
私には、教室の原状回復という最後の仕事が残っている。


こちらも全日程が終了し、あとはお茶を飲みつつ、賃金の支払いを待つ。
ちなみに試験監督員と試験監督補助員では、労働時間は似たような物だが、賃金が2倍以上違う。
業務内容はそこまで差がないと思うが、背負う責任がぜんぜん違うからね。


本日の職務は全て終了。
いくら死格マニアとは言え、私の人生の中で建築士試験を受ける機会は、
おそらくありえないと思うので、面白い体験だった。

とはいっても、一昨年度に北海道大学の社会環境工学科を受験したことからもわかるように
建築系、嫌いじゃない、むしろ好きだ。
もしかしたら1/30くらいの確率で、一級建築士の資格を取得する人生もあるかもしれない。

法学部に入りつつ、いまだにこんなことを考えている私、
自分が将来いったい何がやりたいのか、今だによくわからない。